歩兵第二十三聯隊營門

現 防衛省陸上自衛隊都城駐屯地
宮崎縣都城市久保原町
平成十九(2007)年一月二十四日 撮影

昔の歩兵聯隊營門としては 歩兵第二十一聯隊(第五師團、濱田)とともに そのままの姿で残された希有けうの例であり しかも陸上自衛隊駐屯地(第43普通科連隊 等)として現役・現存する唯一の營門であろう。  そのせいかどうか、寫眞撮影中に 年配の制服自衛官から「なにゆえの撮影であるか?」 と詰問口調で誰何すいかされた。

 

「都城歩兵聯隊之跡」 題字は 荒木貞夫陸軍大將

(士候第九期、陸大第十九期首席、大正8.07.25-10.04.01 歩兵23聯隊長、昭和4.08.01 第六師團長、陸軍大臣、文部大臣を歴任、
昭和41.11.02没、享年九十二歳)

 

帝國陸軍の ごくありふれた典型的聯隊本部の舘屋であるが、恐らく現存する唯一のものではあるまいか。 現在は「郷土館」として歴史資料が展示されて 一般に公開されてゐる。 (事前予約が無難。 代表電話 0986-23-3944)  この他「將校集会所」が 昔のままの姿で残され、現在も客員の宿泊所として使われている。

 

陸軍墓地 (都島公園)

 

「軍馬顕彰碑」 ならびに 「戰傷病者之碑」

 

「獨立歩兵第百七大隊」 ならびに 「滿洲事變戦没者」慰霊碑

 

都城特攻振武隊「はやて」慰霊碑

 

 

宮崎縣護國神社
宮崎市神宮二丁目

 

 

第六師團ブーゲンビル島戰没者慰霊碑

 

「神風特別攻撃隊さきがけ敷島隊」 ならびに 「第五十八師團 廣兵團」 慰霊碑

 

 

「第三十七師團 冬兵團」 慰霊碑

編合は 熊本歩兵第225聯隊、都城歩兵第226聯隊、鹿児島歩兵第227聯隊。

 

 

「臺灣歩兵第一聯隊」 慰霊碑

 

臺灣歩兵第一聯隊(臺北)は 臺灣歩兵第二聯隊(臺南)、歩兵第47聯隊(大分)と共に 第四十八師團 海兵團を構成。
現在は 臺灣歩兵第一聯隊が宮崎を、臺灣歩兵第二聯隊ならびに臺灣山砲兵第48聯隊が熊本を それぞれ 本籍地にしてゐるようである。

 

ノモンハンならびにルソン島で 悪戦、死闘を演じた 歩兵第七十二聯隊も 宮崎縣の郷土部隊である。

八紘一宇の塔

宮崎市平和台公園

 

  

(2007/01/28 初掲)



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